SNSで大学院生の友人の日記を読んでいたら、「同世代の友人と話してみると想像以上にそれぞれ進路について悩んでいた」、といった話が書かれていました。そこについていたコメントにこんなものがあって印象的でした。
悩むのはいいこと。俺も一昨年の今頃は相当悩んでた。でも悩んだ分だけ決めた進路に自信が持てている(大意)
実感がこもっていて実に良い。
さて、当地アメリカに住んでいて、社会のあり方として個人的にうらやましいと思うことの一つが、進路の選択肢の多様さと、それをどんどん増やしていこうという雰囲気です。
たとえば、私の専門である生物科学系を例にとると、こちらでは生物系を専攻した学部生の優秀な人たちは軒並みMedical School(医科大学院)に進学します。日米の法曹養成における法科大学院のように、医学教育が大学院から提供されるからです。また、生物系の優秀な人間の大半が医学を志すのは、世界中あらゆる国で同じことであり、アメリカでも例外ではないという話でもあります。また、アメリカで医者になると、平均年収が少なくとも二千万円ほどと言われ、高ステータスかつ高収入の職業でもあります。やりがいもあるでしょう。学生をひきつけるのは当然の話。
ところがですね。ここアメリカにもある程度の割合で必ずいるんですよ、「研究」なんてものを志す人間が。「私はMed Schoolに行かずに研究をやりにきたんだ」という自負がものすごく強い。もちろんそこに至る過程で散々悩んだのだろうから、その上で決めた進路へのモチベーションが異様に高いのです。そしてアメリカにおける生物系博士課程の大学院というのはそういう人間の巣窟なのです。(*)
エキセントリックな人もたくさん見てきました。様々な意味をこめて、「この人は研究者になりたくてなったのではなく、研究者にしかなれなかった」というタイプの人。発生研究で有名なUCバークレーの
Michael Levine教授なんて典型例でしょうね。
日本のように十八歳で決めるか、二十一、二歳で決めるかの違いでしかない、とも言えるけれど、二十歳前後のこの数年の年齢差はとても大きい。また、少なからず医学、生物学の世界の現場に出てから、改めて進路を問われるわけだから、選択の重みもまったく変わってきます。
こういう選択肢にさらされて選んでいくわけだから、私の好みの言葉で言うと、自分の立ち居地への「覚悟」や「矜持」といったものを醸成しやすい環境であるように見えるのです。また、そこで何かを決めたからといって、その後の人生にすっかり見通しがつくわけでもない。皆、多かれ少なかれ変わり続ける。好みはあるでしょうが、ここはそういった文化の国です。
ところで、小飼弾さんが速水健朗『自分探しが止まらない』という本の
書評でこんな言葉を引用していました。
自分探しは日本の若者だけではなく、先進国の若者たちを覆う病なのだ。
そうなんですよね。私なんて特に自分探しの権化のような二十代を送ってきましたし。
この意味ではアメリカのあり方はとりわけ「自分探し君大量生産装置」でもあります。アメリカに生きているのがつらそうなアメリカ人にも何人かあって来ました。そりゃ一面ではつらいのは当然ですよ。「お前はどう生きていきたいんだ。何かを選んだとして、それは本当に望むことなのか。」ということをいちいち問われ続けるんだから。
ただ私としては、自分探し人間を生み出すのはもはや現代の宿命と見据えて、その上でどのような社会を作っていくかを考えたい。十代、二十代の間くらいは散々悩ませればいい。その上で強靭な人生観を養う。ここに活路を見出すのは一手なのではないか。アメリカのあり方は、あくまでその一例として、なかなか高水準のものを作りつつあるように思います。
-----------------
(*)
以上の話は分かりやすくするために、単純化しすぎているきらいもあります。研究か臨床かという問いがすでにこちらではやや不毛なものです。
生物系博士号(PhD)を取得した後、医学博士号(MD)を取りに新たに学び直すなんて珍しくありませんし、その逆も然り。いや、むしろどちらも追求したいという優秀かつ欲張りな学生もとても多いので、私の現在の大学院にもMD・PhDコースという八ヵ年の大学院課程も作られています。
→ 参考:the Medical Scientist Training Program (MSTP) at the Vanderbilt University School of Medicineの
ウェブサイト 2008/05/01 12:49 | 大学院生活 | コメント(0) | トラックバック(0)
|
|