counter 往復書簡 : 二〇〇八年ノーベル医学・生理学賞がくだした判断

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二〇〇八年ノーベル医学・生理学賞がくだした判断

周回遅れもいいとこですが、今年のノーベル医学・生理学賞について。

 → Winners of the 2008 Nobel prizes | All colours of the brainbow | The Economist

ときに、何かの不在はその存在を雄弁に物語る



上のリンクは今年のノーベル各賞をざっとレビューした良記事ですが、上の書き出しでまず導かれるのは今年のノーベル医学・生理学賞について。なぜそれがHIV研究とヒトパピローマウイルス(HPV)研究の二つの独立した業績に与えられたのか。上記事は続ける:

賞を二つの研究に分け与えること自体はさほどめずらしくない。だがこのケースにおいてその意図は明白である。選考委員会がその過程であえてしなかったこと、それはRobert Gallo博士の名をその列に加えることである。



今回ノーベル賞を受賞したフランスのLuc Montagnier博士のグループとアメリカのRobert Gallo博士のグループの間ではその昔HIV発見の功績をめぐってかなり激しい政治交渉があったという。ある程度の部分で功績を共有する合意が両者に得られていたらしいが、今回のノーベル賞の判断はGalloグループにあらためて「No」をつきつけたという格好になるらしい。

門外漢の私にこの判断に何か言及することはできないけれど、ただノーベル賞とは穏当なシステムではなく、かなり積極的な評価機関であり続けているということは言えそうである。それゆえに、後世になってみれば「?」のつく賞も今後も出てくる可能性がきっと低くはない。私はそれでいいと思う。

京大・柳田充弘先生はこう語っています:

 → 生きるすべ IKIRU-SUBE 柳田充弘ブログ : ことしのノーベル医学生理学賞、時差ボケ、緒形拳氏の死去、追悼集川崎泰生君

スエーデンのノーベル賞委員会の特徴は本当の最初の発見について、そうでないものと峻別することです。曖昧さは残さない調査をするのですが、なかなかすごみがあります。(中略)今回の三人の受賞者では、モンタニエ博士の知名度が傑出していますが、のこりの二人を選んでいる経過にノーベル賞委員会の実力がかかっているはずです。パピローマウイルスを発見したツア・ハウゼン氏は賞金の半分を貰うらしいです。



もう片方の受賞研究、子宮頸癌を引き起こすHPVの研究成果に関しては以下の記事が興奮をもって伝えている:

 → Nobel-Winning Discovery of HPV Cervical Cancer Link Already Having an Impact on Medicine - Medscape Today
(簡単な登録(無料)が必要ですが良記事ですのでぜひどうぞ。)

子宮頸癌を初期の段階で検出する方法の開発はすでにかなりすすんでいる。だが、このイノベーションは一人の男の根気強さ(perseverance)なしにはありえなかった。



そもそも腫瘍ウイルスの存在はどのくらい一般的に広く知られているだろうか。宿主細胞を癌化させるウイルスというものが自然には存在する。

 → 腫瘍ウイルス - Wikipedia

「癌」を一言で定義すれば、制御不能かつ無制限に増殖する細胞群、といえるかと思う。これを引き起こすウイルスがいる。

私が昨年の大学院講義の一部「微生物学」において私がはじめてHPVをはじめとする腫瘍ウイルスについて学んだとき、新鮮な驚きを覚えた。第一に細胞を癌化させないために幾重にも凝らされた細胞周期のチェックポイントシステムの精巧さ。第二にはそれらをかいくぐり進入しシステムを改変していくウイルスの妙。医学的意義は言うにおよばず基礎生物学的な観点からも本腰を入れて取り組むべき課題だとその時以来考えさせられた。

…しかし日本のメディアのこの件に関する報道の少なさにはちょっとがっかり。科学・技術欄では日本人の業績ばかりでなくもっと射程を広げてほしい。HIVとHPVの同定なんて全人類的な健康に直接関わる功績じゃありませんか。ノーベル物理学賞の話題を期に、南部陽一郎さんの著書『クォーク』に注目が集まっているという。ならばHIVに関しても同様に世論を盛り上げてほしいなと思った次第。

また、そもそもノーベル賞に対して日本はそんなに無邪気でいていいのかという点は重要で、sivadさんによって提言されています。こちらのエントリはコメント欄でも興味深い議論が交わされています。

 → 日本はそろそろノーベル賞のクレクレをやめてもよい国だと思う - 赤の女王とお茶を

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